ペロー版赤ずきん


ペロー版赤ずきん『小さな赤ずきん』の物語はあまり広く知られていない為、原文に近い物をそのまま記載する。


『昔、ある村に、それまで誰も見たことがないくらい可愛い女の子がおりました。

おかあさんはこの子をたいそう可愛がっていましたが、おばあさんはそれに輪をかけて可愛がりました。

おばあさんはこの子のために小さな赤い頭巾をこしらえてやりましたが、これがとてもよく似合ったので、どこへ行っても赤ずきんちゃんと呼ばれておりました。

ある日、おかあさんはパンのついでに焼き菓子ガレットを焼いてから、赤ずきんちゃんに言いました。

「おばあちゃんが、ご病気だそうよ。どんな具合だか見ておいで。ガレットとこのバターの壼をもってお行きなさい」

赤ずきんちゃんは、隣村のおばあさんのところに、すぐさまお見舞いに出掛けて行きました。

森を通りぬけようとしたとき、赤ずきんちゃんはこの辺りに住む狼おじさんに出会ってしまいました。

狼は赤ずきんちゃんをとても食べたくなったのですが、森にはきこりたちがいたので手が出せません。

狼は、どこに行くのかと赤ずきんちゃんに尋ねました。可哀相に、女の子は足をとめて狼の話に耳を傾けるのがどんなに危険なのか知らないものですから、こう答えてしまったのです。

「おばあちゃんのお見舞いに行くのよ。母さんのお使いでガレットとバターの壼を持っていってあげるの」

「おばあちゃんって、遠くにお住まいかい」

と、狼は尋ねました。

「ええ、そうよ。むこうに見える粉ひき小屋をまだ通り過ぎて行かなきゃならないわ。そうして、村に入って最初に見える家が、おばあちゃんの家なの」

と、赤ずきんちゃんは言いました。

「なるほど、それじゃ、わしもおばあちゃまのお見舞いに行くとしよう。わしはこっちの道を行くから、あんたはあっちの道をお行き。それで、どっちが先に着くか競争しよう」

と、狼は言いました。

狼は近い方の道を全速力で駆けて行きましたが、小さい女の子は遠い道の方を、ヘーゼルナッツを拾い集めたり、蝶々を追いかけたり、小花を摘んで花束を作ったりして、遊びながら行きました。その間に、狼は速やかにおばあさんの家に着きました。戸を叩きます。トン、トン。

「どなたかね?」

「孫の赤ずきんよ」

と、作り声で狼が言いました。

「母さんのお使いで、ガレットとバターの壼を持ってきたの」

おばあさんは、気分がすぐれずに寝ていたものですから、ベッドの中から声をはりあげて言いました。

「紐を引きなさい。そしたら、さんがはずれますよ」

狼が紐先の玉をひっぱると、戸が開きました。すぐさま狼はおばあさんに飛びかかり、あっと言う問に食べてしまいました。なにしろ、もう三日も何も食べていなかったものですから。その後で戸を閉めると、狼はおばあさんのベッドに横になって、赤ずきんちゃんを待ちました。

しばらくして、赤ずきんちゃんがやってきて戸を叩きました。トン、トン。

「どなたかね?」

狼のしわがれ声を聞いた赤ずきんちゃんは、最初は恐がりましたが、おばあさんはきっと風邪でもひいたのだと思い、こう答えました。

「孫の赤ずきんよ。母さんのお使いでガレットとバターの壼を持ってきたの」

狼は少し優しい声にしてベッドの中から言いました。

「紐を引きなさい。そしたら、さんがはずれますよ」

赤ずきんちゃんが紐先の玉を引っ張ると、戸が開きました。女の子が入ってくるのを見ると、狼は毛布の下に隠れたまま言いました。

「ガレットとバターの壼は、そこのひつの上に置いておくれ。それから、こっちに来ておばあちゃんと寝なさい」

赤ずきんちゃんは服を脱いで布団の中に入ろうとしましたが、寝間着を着ているおばあさんの様子が変なものですから、とてもびっくりしました。

それで言いました。

「おばあちゃん、なんて大きな腕をしてるの?」

「それは、お前をより強く抱きしめられるようにさ」

「おばあちゃん、なんて大きな足をしてるの?」

「それは、より速く走れるようにさ」

「おばあちゃん、なんて大きな耳をしてるの?」

「それは、よりしっかり聞こえるようにさ」

「おばあちゃん、なんて大きな目をしてるの?」

「それは、よりよく見えるようにさ」

「おばあちゃん、なんて大きな歯をしてるの?」

「それは、お前を食べるためさ!」

そう言うが早いか、このよこしまな狼は赤ずきんちゃんに飛びかかり、すっかり食べてしまいました。』


以上が物語の全てであり、読んでの通り赤ずきんも祖母も狼おじさんに食べられたまま、助からないバッドエンドで締めくくられている。


その他、少女のお見舞いの品や、狼の唆しの過程、祖母宅の玄関の開け方等の細かな相違点は有るが、少女が狼に食べられる迄の下りは、ペロー童話とグリム童話はほぼ同じである。


ペロー版赤ずきんは大ヒットし、1712年には英訳され、その後1790年にドイツ語版が発刊されているので、グリム版赤ずきんを発刊する1812年の時点で、この物語自体をドイツのグリム兄弟が知らない筈は無い。

また、ペロー版には登場しない正義の味方の猟師の設定についても、グリム童話が初登場ではなく、先述の通りその12年前に発表されたティークの戯曲が初出である。


この事でグリム童話が単なる焼き直しだとか、盗作だと言いきるのは乱暴だが、どちらがオリジナルかと言えば、グリム版より100年以上前に発表されたペロー版である事は疑う余地が無いだろう。


ペロー版の物語自体は上記の通り、少女が食べられて終わりだが、実はこの後に『教訓』と題した後書きが続いている。

 

『教訓:これでお分かりだろう、

幼い子供たち。

とりわけ、若い娘たち。

美しく、育ち良く、品の良いお嬢さんは、誰とでも気安く話すものではない。

その挙句、狼に食べられたとしても、少しも不思議ではないのだから。

一口に狼といっても、すべての狼が同じとは限らない。

抜け目なく取り入ってくる、少しも粗野でない、物静かで優しくて愛想が良くて朗らかなヤツもいる。

ヤツらは若い娘さんについてきて、家の中まで、果ては寝室にまで入りこむ。

ああ、心得ていなくちゃいけないよ。

あらゆる狼の中でも、こういう優しげな者こそが最も危険なのだということを。』


この文章を読む限り、ペローは狼を人間の男に例え、子供だけではなく、とりわけ年頃の女性に向けた注意喚起のメッセージを発信している事が分かる。


一人暮らしの女性を殺害し、美しい少女をそのベッドの中に誘い込む。

ペローはこれを、性的暴行に例えているのである。


我々の感覚では童話と言えばその対象は幼い子供だと思いがちだが、ペロー版に関してはどうやらそうではないらしい。


その要因は、ペローがこの作品を発表した時代の風潮が多分に影響していると考えられるが、それ以前にこの童話の元になった民話のイメージも看過する事は出来ない。


事項では、ペロー版赤ずきんの元となるフランスの民間伝承『おばあちゃんの話』について記す。